名古屋市瑞穂区の奥田さんが、マンション反対運動のリーダーとして活動していた際、現場監督ともみ合い、逮捕勾留、起訴されました。しかし、無罪判決が確定し、その後、逮捕時に採取されたDNA・指紋等の抹消を求め、国を相手に裁判を起こしました。

名古屋地裁は、全国で初めて抹消を認める判決を出しました。そして、令和6年8月30日、名古屋高裁も地裁に続いて抹消を認めました。しかも、立法措置を明言するなど、地裁判決を更に進める素晴らしい内容でした。

当事務所の中谷雄二弁護士、塚田聡子弁護士は弁護団の一員として参加させていただきました。ここにご報告させていただくとともに、抹消を認めた部分について、地裁判決と高裁判決を合体させたもの(高裁判決は地裁を修正する形になっており、非常に読みづらいものになっているため、該当部分について、地裁判決に高裁判決が加えた修正(赤色文字部分)を反映する形にしたものです。)を作成しました。ぜひ、ご参照ください。

5 争点4(原告の被告国に対する本件各データの抹消請求の可否)について

⑴ 制度の概要

ア 諸外国の立法例

(ア) 慶応義塾大学法学部の小山剛教授の意見書(甲21、47)

a ドイツにおいては、DNA型鑑定等の要件、手続はドイツ刑事訴訟法に規律されている。ドイツでは、1997年、遺伝子指紋に関するドイツ刑事訴訟法改正が行われ、DNA型鑑定に関する法が整備された。それ以前は、DNA型鑑定の実施に関する特別な法律上の規定は存在せず、強制採血等を規律対象としたドイツ81a条が定める要件を満たせばこれが認められていた。1998年には、DNA同一性確認法が成立し、ドイツ刑事訴訟法81g条が新設された。その後、1999年、2000年の法改正を経て、2005年には同法81h条が新設され、いわゆるDNA一斉検査が導入された。係属中の刑事手続における具体的犯罪の解明を目的としたDNA型検査については、同法81e条、81f条が規律する。

これに対し、将来の刑事手続における利用を目的としたDNA型鑑定資料の採取及び鑑定結果の利用については、同法81g条が定めている。その要点は、次のとおりである。①「重大な」犯罪、「性的自己決定」に対する犯罪(同条1項1文)又は「その他犯罪の反復した実行」(同条1項2文)を対象とした手続が係属している場合に、その被疑者・被告人に再犯の危険が認められるとき、将来における別の刑事手続において、DNA型同定検査を行い、これによって身元確認を行うという目的で、被疑者・被告人から体組織を採取することができる。②同条1項において対象とされている犯罪行為について有罪判決を受けた者又はその犯罪事実自体は認定されたが、責任無能力などの理由から自由刑の執行が行われなかった者についても、当該犯罪行為を理由として将来再度刑事手続が行われると思料されるに足る事情が存在する場合、DNA型鑑定の実施が認められる(同条4項)。③DNA型鑑定を実施した後、鑑定資料を採取した被疑者の血液等は直ちにこれを廃棄しなければならない(同条2項1文)。④被疑者の同意がない場合には、裁判所による令状がなければ、DNA型鑑定の実施は認められない。裁判所の書面による理由付けにおいては、個別事例に結びつけて、犯罪行為の重大性の判断を決定づける事実、被疑者に対して将来、刑事手続が行われるであろうとの推定の根拠となる認識、関係する諸事情の衡量が説明されていなければならない(同条3項)。⑤得られたDNA型鑑定結果は、ドイツ連邦刑事庁において蓄積され、連邦刑事庁法の定める基準によって利用される(同条5項)。

b ドイツ刑事訴訟法81g条3項は、比例原則の遵守を求めるものであり、これが不十分な場合には、令状を発した刑事裁判所の決定自体が違憲として破棄される。また、同条5項にあるように、DNA型鑑定結果は連邦刑事庁で保管され、データの利用、処理、消去は、連邦刑事庁法に基づいて行われる。連邦刑事庁法において、公訴提起に足る犯罪の嫌疑が認められず、公判が開始されなかった場合、公判において被告人に対して無罪判決が下された場合には、DNA型鑑定結果に基づくデータは破棄されなければならないとされている。(なお、証拠(甲22)によれば、DNA型鑑定記録の保存期間は、対象者が少年の場合は5年、成人の場合は10年ごとに、保存されたデータについて、これを削除するか、今後も継続して保存するかを審査するとされている。)。

c DNA型データベースに関する2000年12月14日の連邦憲法裁判所第二法廷第三部会決定(BVerfGE103、21)は、ドイツ刑事訴訟法81g条と結び付いたDNA同一性確認法の規律を合憲としたが、その実質的観点として次の点を指摘している。①絶対的に保護される人格の核心領域は侵害されていない。このことは、少なくとも、DNAのコード化されていない部分だけが捕捉され、専ら将来の刑事手続における同一性確認という目的のためだけにDNA識別型の確認が行われ、DNA識別型の確認後に遺伝子物質が破棄される限りにおいて妥当する。その限りで、「遺伝子指紋」は、その証拠価値がはるかに高いとしても、従来の指紋押捺ないしその他の同一性確認方法に類似する。②「遺伝子指紋」の確認、記録及び将来の利用は情報自己決定権に対する介入となるが、DNA同一性確認法及びドイツ刑事訴訟法81g条は、基本権介入に対する制約留保により画される限界を超えるものではない。この介入は、法治国家的保障を志向するする刑事司法という、高次の公共の福祉の利益に奉仕する。法律上の規律は、規範明確性及びこの規定に基づき下された決定の事後的審査可能性の要件も満たす。③DNA同定型の確認及び登録による事前の証拠入手は、過剰侵害禁止に反するものでもない。この事前証拠入手は、重大な犯罪行為を理由とした有罪判決と結び付いており、加えて、その者に対して将来的に重大な犯罪行為を理由とする更なる刑事手続が行われるとの特定の事実に依拠した予測を前提とする。したがって、この措置は、特別な場合に限定されている。実効的な基本権保護に対する当該個人の利益は、当該措置を命ずるには管轄裁判所が個々の事例ごとに審査をすることを強いる裁判官留保によって考慮されている。獲得されたデータの濫用は、厳格な目的拘束と、DNA識別型確認後に全細胞組織を破壊すべきとの要請によって、阻止されている。

d なお、DNA型データベースに関する法律による詳細な規律は、韓国及び台湾でも行われており、いずれも、被疑者資料の鑑定後の即座の廃棄と無罪判決の場合のデータベースからの削除を定めている。

特に韓国では、その第1条において、DNA身元確認情報の収集・利用及び保護に必要な事項を定めることにより、犯罪捜査及び犯罪予防に資し、国民の権益を保護することを目的として定めたとする「DNA身元確認情報の利用及び保護に関する法律(略称:DNA法)」が制定されており、DNA身元確認情報のデータベース収録後におけるDNA鑑識資料等の廃棄義務(同法12条)、無罪判決が確定した場合等一定の場合におけるDNA身元確認情報のデータベースからの削除義務(同法13条)が明記されている。そして、DNA身元確認情報担当者がこれら廃棄・削除義務に違反した場合には、1年以下の懲役または3年以下の資格停止に処する旨(同法17条5項)などの罰則規定が定められている。さらには、DNA身元確認情報を取り扱う警察業務は、その特殊性に鑑みて、専門家や学識経験者等で構成する第三者機関であるDNA身元確認情報データベース管理委員会が設置され、同委員会の監視下に置かれている(同法14条)(甲21、47)。

(イ) 警察における情報の取得及び管理に対する行政法的統制(田村正博、産大法学50巻1・2号(2017・1))(甲28)

犯罪経歴者を対象とした(指掌紋、被疑者写真、DNA型、犯歴、手口といった)情報は、責任無能力以外で無罪判決が確定した場合などに、保有を継続することができるかどうかが問題となる。法制化された国においては、無罪とされた場合には、特段の事情がなければ、無期限の保管が認められてはいないものと思われる。

また、上記論文において引用されている末井誠史「DNA型データベースをめぐる論点」レファレンス平成23年3月号は、罪種、年齢を問わず有罪とされなかった逮捕被疑者のデータ保有がほぼ無期限であったイギリスの制度について欧州人権裁判所が欧州人権条約8条違反とした判決(2008年12月)を紹介し、諸外国の制度はデータ収集時期、対象犯罪等について分かれているが、無罪判決等の抹消事由は概ね共通する(ただしある程度の期間保有する例はある。)と述べている。

(ウ) 令和3年5月11日参議院内閣委員会議事録(甲39)

参議院内閣委員会の委員が、「欧州人権裁判所が昨年2月、英国に対し、2008年、飲酒運転で逮捕、起訴された男性の顔写真、DNA、指紋などを無期限で持ち続けていたことについて、罪の軽重を考慮せずに永久に保持し続け、実質的に見直しの機会も与えないのは私生活を尊重する権利侵害を構成し、違法であるとの判決を出しています。その理由の中では、民主主義社会では許容できないという言及もあるわけです。」と発言している。

当裁判所においては、令和2年2月の欧州人権裁判所の判決を確認することはできなかったが、欧州人権裁判所大法廷が2008年12月4日に言い渡した判決(S.and Marper v United Kingdom〔2008〕ECHR1581)が、イギリス警察が運用するDNA型データベースについて、嫌疑をかけられたが有罪には至らなかった個人の指紋、組織資料及びDNA型プロファイルを継続的に保有している状況の網羅的で見境ない性格は公私の利益の均衡を欠いたものであり、こうした保有の在り方は、私生活の尊重に関する申立人の権利への不釣り合いな介入を構成し、民主的社会において必要不可欠なものとみなしえないとして、欧州人権条約8条(私生活及び家庭生活の尊重を受ける権利)違反を構成すると判断した事実は存在する(顕著な事実)。

(エ) 警察庁DNA型データベース・システムに関する日本弁護士連合会の意見書

日本弁護士連合会は、平成19年12月21日付けの上記意見書を公開している(顕著な事実)。同意見書において、イギリス、アメリカ、カナダ、ドイツ、オランダ、スイス、オーストリア、スウェーデン、フランスの立法例を紹介しているところ、イギリス以外の国では無罪の場合削除するものとされていることが紹介されている。

なお、イギリスの制度に関して、2008(平成20)年12月に欧州人権裁判所が欧州人権条約8条に違反するとの判断を示したことは既述のとおりである。

イ 日本における法令の定め

(ア) 警察法5条4項20号及び17条は、犯罪鑑識施設の維持管理その他犯罪鑑識に関する事務が国家公安委員会及び警察庁の所掌事務の一つとして掲げているところ、国家公安委員会は、その所掌事務について、法律、政令又は内閣府令の特別の委任に基づいて、国家公安委員会規則を制定することができ(同法12条)、警察法の実施のために必要な事項は政令で定め(同法81条)、警察法施行令13条1項において、国家公安委員会が警察法5条4項の規定による管理に係る事務を行うために必要な手続その他の事項については、国家公安委員会規則で定めるものとしている。

これを受け、国家公安委員会は、指掌紋の取扱いについては指掌紋規則(乙A10)を、DNA型記録の取扱いについてはDNA型規則(乙A11)を、被疑者写真の管理等については写真規則(乙A12)をそれぞれ定めている。

(イ) この点、指掌紋規則等は、それぞれ、その1条において、これらのデータを組織的に管理・運用等するために必要な事項を定め、もって犯罪捜査に資することを目的として掲げ、要旨、以下のような規定を置いている。

すなわち、指掌紋規則及び写真規則によれば、警察署長等は、所属の警察官が被疑者を逮捕したとき又は被疑者の引渡しを受けたときは、指掌紋記録及び被疑者写真記録を作成しなければならず(指掌紋規則3条1項、写真規則2条1項)、また、身体の拘束を受けていない被疑者についても、必要があると認めるときは、その承諾を得て指掌紋記録及び被疑者写真記録を作成するものとされている(指掌紋規則3条2項、写真規則2条2項)。そして、警察署長等は、指掌紋記録及び被疑者写真記録を作成したときは、指掌紋記録については警察庁犯罪鑑識官及び警視庁、道府県警察本部又は方面本部の鑑識課長(以下「府県鑑識課長」という。)に電磁的方法により送らなければならず(指掌紋規則4条1項)、被疑者写真記録については、府県鑑識課長に電磁的方法により送信し(写真規則3条1項)、府県鑑識課長は、これを警察庁犯罪鑑識官に電磁的記録により送信しなければならない(同条2項)。警察庁犯罪鑑識官(指掌紋記録については府県鑑識課長を含む。)は、上記のとおり、指掌紋記録及び被疑者写真記録の送信又は送付を受けたときは、これを整理保管しなければならない(指掌紋規則4条4項、写真規則4条)。さらに、警察庁犯罪鑑識官(指掌紋記録については府県鑑識課長を含む。)は、その保管する指掌紋記録及び被疑者写真記録が、①同記録に係る者が死亡したとき、②これらの記録を保管する必要がなくなったときには、これらを抹消又は廃棄しなければならない(指掌紋規則5条3項、写真規則5条)。

次に、DNA型規則によれば、犯罪鑑識官は、警察署長等から嘱託を受けて被疑者の身体から採取された資料のDNA型鑑定を行い、その特定DNA型が判明したときは、被疑者DNA型記録を作成しなければならい(DNA型規則3条1項)。また、警視庁又は都道府県警察の科学捜査研究所長は、当該科学捜査研究所が警察署長等から嘱託を受けて同資料のDNA型鑑定を行い、その特定DNA型が判明したときは、被疑者DNA型記録を作成し、これを犯罪鑑識官に電磁的方法により送信しなければならない(同条2項)。そして、犯罪鑑識官は、上記のとおり、被疑者DNA型記録を作成したとき又はその送信を受けたときは、これを整理保管しなければならない(DNA型規則6条1項)。さらに、犯罪鑑識官は、その保管する被疑者DNA型記録が、①同記録に係る者が死亡したとき、②これらの記録を保管する必要がなくなったときには、これらを抹消しなければならない(DNA型規則7条1項)。

(ウ) さらに、警察庁は、行政機関個人情報保護法(及び改正個人情報保護法)の「行政機関」に当たり(行政機関個人情報保護法2条1項4号、同法施行令1条、改正個人情報保護法2条8項4号、同法施行令3条1項)、警察庁で保管されている指掌紋記録、被疑者写真記録及び被疑者DNA型記録(以下、これらを併せて「指掌紋記録等」という。)は、同法及び改正個人情報保護法の「保有個人情報」(行政機関個人情報保護法2条5項及び改正個人情報保護法60条1項)に当たる。すなわち、DNA型、顔写真及び指掌紋は、それぞれ行政機関個人情報保護法2条3項1号(改正個人情報保護法2条2項1号)により委任された行政個人情報保護法施行令3条1号(改正個人情報保護法施行令1条1号)の『イ 細胞から採取されたデオキシリボ核酸(別名DNA)を構成する塩基の配列』、『ロ 顔の骨格及び皮膚の色並びに目、鼻、口その他の顔の部位の位置及び形状によって定まる容貌』、『ト 指紋又は掌紋』であって、『特定の個人の身体の一部の特徴を電子計算機の用に供するために変換した文字、番号、記号その他の符合であって、当該特定の個人を識別することができるもの』(個人識別符号)に該当し、『個人識別符号が含まれるもの』は、個人情報である(行政機関個人情報保護法2条2項2号、改正個人情報保護法2条1項2号)。そして、行政機関の長は、保有個人情報の漏えい、滅失又は毀損の防止その他保有個人情報の適切な管理のために必要な措置を講じなければならないとされ(行政機関個人情報保護法6条1項)、行政機関の職員等が正当な理由がないのに、個人の秘密に属する事項が記録された個人情報ファイルを提供したとき(同法53条)やその業務に関して知り得た保有個人情報を自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したとき(同法54条)は、刑罰の対象とされている(これらの規定については、改正個人情報保護法においても同趣旨の規定が置かれている。)

ウ 日本における運用

(ア) 北九州市立大学法学部の水野陽一准教授の意見書(甲22)

平成元年に科学警察研究所においてDNA型鑑定が初めて実施され、平成15年に警察実務によるDNA型鑑定にSTR型検査法が用いられるようになると、その実施件数は飛躍的に増加することになった。それまで、DNA型鑑定結果は個別の事件捜査に用いられるに留まるものであったが、鑑定実施件数の増加に伴い、これらの鑑定結果を広く用いるべきであるとの要請が高まり、平成16年12月にDNA型情報をデータベース化した「遺留資料DNA型情報検索システム」の運用が開始された。わが国の警察実務におけるDNA型データベースは、現行法の範囲内で適法に採取された資料から、DNA型情報をコンピューターに入力し、系統的に整理・管理し、指紋、前科・前歴等のデータベースと同様の運用が行われるものであると説明される。

警察庁通達である「犯罪捜査におけるDNA型データベースの積極的運用について」は、「強盗、強姦、強制わいせつ、公然わいせつ、住居侵入及び常習累犯窃盗については、一般的に、同種の余罪等を犯しているおそれが高く、また、データベースを用いた余罪捜査が効果的と考えられること等から、これらの罪種により検挙した被疑者については、基本的には、資料採取及びDNA型鑑定の必要性が認められる可能性が高い」としており、警察においては以上の罪種を中心にDNA型鑑定データを収集、保存、かつこれを運用しているものと考えられる。しかしながら、行政機関個人情報保護法で保有する個人情報の目的外利用は例外事由に該当する場合を除いては許容されないとされる一方、警察実務におけるDNA型データベースは「捜査目的」及び「身元を明らかにするため」にその利用が認められており、DNA型データベースのためのDNA情報収集、管理、利用について、罪種等を理由そする明確な制限は課されていないと考えられるだろう。

(イ) 令和3年5月11日参議院内閣委員会議事録(甲39)

参議院内閣委員会の委員が、質問をする前提として、要旨、次のとおり発言している。警察の方針は、従前は、強姦、強制わいせつなどの性犯罪、強盗や窃盗などで被疑者を逮捕した場合であっても、同種の余罪を具体的に把握していなければDNA採取やDNA型データベースとの照合は実施していなかったが、2010年4月1日からは、余罪を具体的に把握していない場合でも余罪が疑われれば積極的にDNAの採取とDNA型鑑定によって余罪の有無等を確認する必要性がある被疑者については、身柄拘束の有無にかかわらず積極的に被疑者から採取し鑑定を実施するよう指示が出されるようになった。さらに、2016年12月1日の通達、DNA型鑑定資料の採取等における留意事項についてでは、採取時の留意事項として、本件や余罪捜査のために必要な場合には積極的に鑑定資料を採取して鑑定を実施するというようにされ、余罪を犯しているおそれを限定的に解釈することなく積極的に採取を行い、保管することになっている(なお、「犯罪捜査におけるDNA型データベースの積極的活用について」(平成22年4月1日警察庁丁刑企発第45号ほか)、「DNA型データベースの抜本的拡充に向けた取組について」(平成24年9月10日警察庁丁鑑発第906号ほか)、「DNA型鑑定資料の採取等における留意事項について(通達)」(平成28年12月1日警察庁丁鑑発大1246号ほか)の各通達が存する。)。

同委員がデータベースに登録されている件数を尋ねたところ、政府参考人は、令和2年末現在、被疑者写真約1170万件、被疑者指紋約1135万件、被疑者DNA型約141万件が登録されていると答弁した。

(ウ) 以上のようなわが国のDNA型データベースの運用について、日本弁護士連合会は、前記の平成19年12月21日付け「警察庁DNA型データベース・システム意見書」で、諸外国の運用も参照して詳細な検討を行った上、DNA型データベース・システムは、プライバシー権ないし自己情報コントロール権を侵害することがないよう規則ではなく法律によって構築・運用されなければならず、国家公安委員会規則15号は速やかに廃止されるべきであり、法律を制定するに当たっては、採取、登録対象、保管、利用、抹消、品質保証、監督・救済機関について、検討のとおり適正に定めるべきであるなどと結論付けている(甲50)。

また、新聞記事や記者解説においても、犯罪捜査における有用性とともに、欧州では、DNAの採取やデータベースの運用の適切性とは別に、軽微な罪で国家が個人のDNAを持ち続けること自体が「私生活を尊重する権利への介入」とみなされるようになっているなどと、諸外国における運用状況等を紹介しており、捜査機関にかつて所属していた者の中にも立法化が望ましいと考える者がいるとし、わが国では、一度登録されると不起訴や無罪判決でもデータ抹消の理由にはならず、事実上一生「犯罪者」扱いになるなどと、法整備なしに行われているわが国の運用の問題点が指摘され、明確な運用を法律で定めるべきだなどとされている(甲41ないし45)。

(エ) 以上に加えて、本件暴行事件の捜査にDNA型鑑定資料の採取の必要があるとは考えられず、余罪の疑いも認められない一審原告に対してDNA型鑑定資料の提供を求めていることからすると、具体的な「捜査目的」や 「身元を明らかにするため」という目的を離れてDNA型鑑定資料の採取、保管を組織的に行っているものと認められ、将来における一般的、抽象的で、採取の時点においては全く実態のない極めて不誠実な、名目的ともいえる「捜査目的」によって、ほとんど限定なしに広くDNA型鑑定資料の採取、保管が行われているものといえるのであって、このような必要性、相当性の検討のない歯止めなき運用の拡大は、 「個人情報は、個人の人格尊重の理念の下に慎重に取り扱われるべきものであることに鑑み、その適正な取扱いが図られなければならない。」とする改正個人情報保護法の基本理念(同法3条)やこれに関する国及び地方公共団体の責務(同法4条、5条)に照らしても、大いに問題があるといわざるを得ず、仮に承諾があったとしても、その採取自体が違法とされる場合もあり得るものである。

⑵ 指紋、DNA型及び被疑者写真のデータベース化についての検討

 憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものであり、個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由及びみだりに指紋の押捺を強制されない自由を有すると解される(最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁、最高裁平成2年(あ)第848号同7年12月15日第三小法廷判決・刑集49巻10号842頁)。また、DNA型(DNA資料とは異なり、あくまでも人を識別するための限られた情報としてのデータである。)についても、基本的には識別性、検索性を有するものとして、少なくとも指紋と同程度には保護されるべき情報であるため、何人もみだりにDNA型を採取されない自由を有すると解される(なお、東京高等裁判所平成28年8月23日判決・判例タイムズ1441号77頁は、DNAを含む唾液を警察官らによってむやみに採取されない利益(個人識別情報であるDNA型をむやみに捜査機関によって認識されない利益)は、強制処分を要求して保護すべき重要な利益であると解するのが相当であるとしている。)。さらに、憲法13条に基づく個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、少なくとも、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有しているものと解される(最高裁平成19年(オ)第403号、同年(受)第454号同20年3月6日第一小法廷判決(最高裁住基ネット判決)、最高裁令和4年(オ)第39号同5年3月9日第一小法廷判決・民集77巻3号627頁参照)。

 そして、指紋を取得するための指紋の押捺やDNA型を取得するための口腔内細胞の採取は、通常、人の身体に対する侵襲の程度は高くないものであるし、指紋及びDNA型はその情報単独で用をなすものではなく、過去に取得していた指紋及びDNA型との同一性を確認したり、遺留された指紋及びDNA型などと対照したり、データベース化して検索に用いたりすることで意義を発揮するものであることからすれば、みだりに指紋の押捺を強制されない自由やみだりにDNA型の採取を強制されない自由は、身体的な侵襲を受けない自由があるというのみならず、取得された後に利用されない自由をも含意していると解するのが相当である。

指紋及びDNA型は、個人の私生活の核心領域に属する情報、思想信条等の内心の深い部分に関わる情報、病歴や犯罪歴等に関する情報等とは、秘匿性の観点からは、直ちに同程度に慎重に扱わねばならない情報とまではいえないが、氏名、生年月日、性別及び住所などの情報のように、一律に登録、管理され、社会生活を営む上で一定の範囲の他者に当然に開示することが予定されている情報とは異なり、万人不同性、終生不変性ないしこれらに近い性質を有するもので、識別性、検索性を備えているが、指紋は、これを有する本人自身においても、意識的にこれを観察するなどしない限り、通常これを認識し、記憶しているものではないし、DNA型に至っては、専門技術的な鑑定によって初めて検出されるもので、本人自身においてさえ、これを知っていることが稀有な情報であり、特定のもののみ登録、管理され、他者に対する開示が予定されていない情報という性格を有しており、このように自分も知らない自分自身のことを、第三者が知って、これを保有、管理し、利用するということ自体、一般人の感受性を基準として考えれば、誰にとっても耐え難いことであるということは、その性質上明らかであって、氏名等に比べれば、格段に高い秘匿性が認められるべきものであり、それゆえ、公権力からみだりに取得されない自由が保障され、みだりに保有され、利用されない自由が保障されるものと解される。さらに、秘匿性とは異なる観点からも、これらの公権力からみだりに取得されず、利用されない自由が検討されるべきものと考えられる。すなわち、国民個人の私生活に対する公権力による監視、介入等の行使に対する自由という観点からすると、例えば、犯罪捜査等にこれらが誤って利用されたり、恣意的に利用されたりした場合には、国民個人の人身の自由への侵害にまで及び得るものであり、DNA型や指紋がほぼ絶対的な証明力を有し(少なくともこのように考えられてしまうことが多々ある。)、これを覆すことが用意でないことは、公知の冤罪事件の事例を見ても明らかであることなどからすると、これらの情報は、個人の思想信条、病歴、犯罪歴等の情報に劣らない要保護性の高い情報であるということができる(なお、上記のような特質から、個人の思想信条、病歴、犯罪歴等の情報と同程度に秘匿性の高い情報であるということもできる。)。また、DNA型については、これを基に親族関係等を割り出すことができるものと考えられ、そうすると出自ないし出生の秘密等の個人や家族にとっての本質的かつ機微にわたる情報に結びつく可能性が高いものであり、国民個人の私生活ばかりでなく、根本にある人格的生存ないし尊厳にまで深く関わるものというべきである。

 もとより、これらの自由も公共の福祉のために必要があるときには、相当な制限を受けることはありうるものであり、例えば、刑事訴訟法218条3項に基づき、身体の拘束を受けている被疑者の指紋や写真撮影を行い、これらを犯罪捜査のために使用することは許されており、また、被疑者等の承諾を得た場合にも同様に許されるというべきである。通常は、指紋及びDNA型の取得は、後に使用することを企図して行われるのであるから、取得が許される場合には同時に当該犯罪の捜査等における使用も許されるものと解される。

 もっとも、一旦適法に取得した指紋及びDNA型を、データベース化することで半永久的に保管し、使用することが直ちに許されるかは別途考慮する必要があるというべきである。

確かに、指紋及びDNA型がデータベース化されることにより科学的な捜査が可能となり、犯罪捜査の効率性、実効性が高まり、社会安全政策の観点から国民が負担する安全確保のコストが下がり、使用法によっては冤罪防止にも役立つ(ただし、場合によっては、いわゆる足利事件のように、逆に冤罪に繋がってしまうことがあることは、公知の事実である。)など、積極的意義が存することは論を俟たないものであり、その機能をより高く発揮させるという観点からは、極力多数のデータを収集し、蓄積することが望ましいといえる(甲56)

そして、指紋及びDNA型がデータベース化され、犯罪捜査に資することを目的として使用される場合、適正に管理・使用される限り、国民が、罪を犯すことなく、私生活を送る上では、格別の不利益があるともいい難いように思われる。

しかしながら、情報の漏出や、情報が誤って用いられるおそれがないとは断言できないものであり、さらに、第三者によって自分のDNAが付着した物が悪用される危険もあり、冤罪に巻き込まれる可能性も否定できないものであり、また、継続的に保有されるとした場合に将来どのように使われるか分からないことによる一般的な不安の存在や被害者意識が惹起され、結果として、国民の行動を萎縮させる効果が十分にあることなどからすれば、具体的、現実的な不利益があるといわざるを得ないことなどからすれば、何の不利益もないとはいい難いのであって、みだりに使用されない自由に対する侵害があるといわざるを得ない。

例えば、犯罪被害者が捜査協力のため指紋及びDNA型を提供することにつき承諾した場合に、当該具体的犯罪の捜査を超えて、半永久的にデータベースに登録されることについて承諾をしたというわけではないことは明らかであるし(現実にそのような登録が行われているという趣旨ではない。なお、仮に、そのような登録が行われているとしたら、違法なものといわざるを得ない。)、科学的な捜査のために有益であるからといって、国民に対し一律に指紋及びDNA型の提供を義務づけることが許されないことは明らかであり、やはり、指紋及びDNA型がデータベース化され半永久的に使用される状況があれば、そこには、国民の私生活上の利益に対する制約が看取できるものといわざるを得ない。特に、DNA型については、DNAの性質からして、本人の認識のないままに何時でも何処にでも容易に付着し、残留し得るものである。例えば、使用済みのマスクや、飲み終わった飲料水の缶、タバコの吸殻等にも付着し得るものであり、爪や毛髪からも抽出可能であって、第三者によって、このような廃棄物等が犯行現場やその周辺等に持ち込まれる可能性も否定できないし、このような作為等がなくても偶然遺留される可能性もある。したがって、公権力によるDNA型の採取、保管及び利用に厳格な規制がなければ、恣意的に悪用されたり、誤用されたりして、誤認逮捕されたりするなどの危険が常に生じ得るのであり、そのような状況下において、一般人が警察等の捜査機関によって犯罪行為等と容易に結びつけられ得るという意識の下に、DNAの付着ないし残留に日々注意しながら生活を送るというのは、一般人の感受性を基準として考えれば、その心理的負担は非常に重く、おのずと日常生活における行動が抑制的にならざるを得なくなるものといえる。このような事態は、単に個人の主観的、抽象的な不快感や不安の念といった気分的な問題にとどまるものではなく、権利ないし自由に対する具体的、現実的かつ重大な制約となり、私生活の平穏が害され、行動が萎縮させられたりするのであって、広く国民個人の私生活全般に重大な影響を及ぼすものであるといわざるを得ない。

既述のとおり主として自由主義を基本的な価値として標榜する諸外国において、データベースを整備するに際し、DNA型の採取、管理等に関する立法措置を講じ、対象犯罪、保存期間、無罪判決確定時等の削除などの規制を設けているのは、国民の私生活における自由への侵害になるとの理解が背景にあるものと解されるのであり、自由権が、すべての人間が生まれながら当然に享有している本質的な権利であり、人類にとって普遍的価値を有するものであることに鑑みれば、各国における歴史的背景、文化、社会情勢等の相違を十分に考慮する必要があるとしても、諸外国における立法例及びその背景に存する価値判断を参酌することは望ましいものというべきであり、半永久的にデータベース化することが国民の私生活上の利益に対する制約になることは明らかであるという、上記の判断を裏付けるものとして援用できるというべきである。

 以上、指紋及びDNA型について検討してきたが、容貌・姿態に係る被疑者写真については、もともと容貌・姿態は外部に晒されているものであり、加齢等によっても変容するものであるから、指紋及びDNA型と些か性質が異なる(ただし、AIの進歩等により、指紋やDNA型に近い性質を持つようになってきている(甲45の2)。)が、みだりに撮影されない自由が認められることは既に説示したとおりであり、データベース化して使用する問題は共通するものであるから、基本的に指紋及びDNA型の場合と同様に論じることが相当であるというべきである。

 そして、指紋、DNA型及び被疑者写真をデータベース化することで半永久的に保管し、使用することが、上記の意味で、国民の権利に対する侵害であると捉えられることからすれば、その制約がいかなる法的根拠に基づくものかを考慮する必要があるから、関係法令の定めを踏まえながら、原告の指紋、DNA型及び被疑者写真である本件3データの削除の可否について、次頁以下で検討する。

⑶ 本件3データベースの削除の可否について

 関係法令に該当しうるものとしては、指掌紋規則等が存する。

この点について、原告は、指掌紋規則等は、いずれも法律でもなければ、法律に直接の根拠を置くものでもなく、警察法施行令13条1項の規定に基づいて制定されるにとどまり、警察法施行令自体、その基礎になっているのは、警察法という組織法であり、国民の権利・自由への侵害を授権し得る作用法を基礎とするものではない旨主張する。

確かに、個人に関する情報がみだりに利用されない自由が憲法上の権利であり、個人のDNA型や指掌紋等においても、それらがデータベース化されることによって不当に利用されたり、誤って利用されたりする可能性があり、それに起因して当該個人の私生活の平穏が害され、実際に不利益が及び得る客観的な危険性が存する以上、本来は、そのようなことを防止するための国会による立法措置が必要であるというべきであって、警察法という組織法による下位規則等への委任では不十分であるといわざるを得ない。現に、ドイツや韓国をはじめとして、我が国と同様に、自由権等の国民の基本的人権を重視し、その保障を標榜している諸国においては、前述したとおり、既に立法による適正な規制措置が当然のごとく採られているのであり、我が国においても、取得や保有の要件を明確にし、捜査機関から独立した公平な第三者機関による実効性のある監督や、罰則等による運用の適正を確保し、開示請求権や不当な取得や保有に関する抹消請求権を定めるなど、幅広い知見を集めた上、国民的理解の下に、科学的な犯罪捜査等に資するため、憲法の趣旨に沿った立法による整備が行われることが強く望まれるところである(捜査機関内部での検討や捜査機関による推薦を受けた者らによる答申などでは、捜査の便宜等に偏ったものとなってしまう可能性が高い。))。

もっとも、記述のとおり、警察法上、犯罪鑑識施設の維持管理その他犯罪鑑識に関する事務が警察庁の所管事務の一つに掲げられ(同法17条、5条4項20号)、指掌紋規則等については、いずれも犯罪鑑識に関する事務の実施のために必要な事項として警察法81条及び同法施行令13条1項に基づき制定されたものである。そして、指掌紋記録等がいずれも個人の識別に必要な情報にとどまり、個人の私生活の核心領域に属する情報等の高度の秘匿性が認められるべき情報とは異なること、犯罪捜査のためにこれらの情報を警察が組織として保有する必要があることは否定し難く、データベース化に何ら法令上の根拠が存しないと解するのは現実的ではないことなどからすれば、指掌紋規則等が上記法令に基づいて制定されていることについて、不十分ではあるものの、全く何らの規制も存在しない状態よりはましであるといえ、直ちに法律の委任によらないものとまではいえないから、以下、これらの存在を前提として検討することとする。ただし、国民の基本的人権に関する領域に深く関わるものであり、本来的には法律によって定められるべき事柄であることからすると、これらが存在することを根拠として、国民の自由や権利利益を制限することを正当化することは許されないものというべきである。

 そこで、指掌紋規則等を見ると、主として警察当局における指掌紋記録等の取扱いについての規程となっており、データベースの運用に関する要件、対象犯罪、保存期間、抹消請求権について規定がなく、被疑者の指掌紋記録等の抹消については、①指掌紋記録等に係る者が死亡したとき、②指掌紋記録等を保管する必要がなくなったときに抹消しなければならないとされているのみである。

指紋、DNA型及び被疑者写真がみだりに使用されてはならないという保護法益を有することからすれば、その保護の観点からは脆弱な規定に留まっているといわざるを得ず、諸外国の立法例も参照すれば尚更顕著である。

この抹消を義務づける場合の「必要がなくなったとき」について、令和3年5月11日参議院内閣委員会議事録(甲39)によれば、政府参考人は、要旨、保管する必要がなくなったときに該当するか否かについては、個別具体の事案に即して判断する必要があり、通達等で一概に定められておらず、警察が保有する被疑者写真、指紋、DNA型の中には、無罪判決が確定した者や不起訴処分となった者のものも含まれるところ、誤認逮捕といった場合には、その者の被疑者写真、指紋、DNA型を抹消することとしているが、抹消を指示する文書はない、と答弁している。

この答弁では、結局、「必要がなくなったとき」は個別の判断とされ、いかなる場合に抹消されるのかが甚だ曖昧であるといわざるを得ないものである。また、指掌紋規則等が目的としている「犯罪捜査に資すること」について、これを広く解釈し、データベースを拡充するという一般論をもって、犯罪捜査に資すると解釈するのであれば、「必要がなくなったとき」はほとんど想定できなくなり、運用次第では、本人が死亡しない限り、抹消されるべき場合がほぼ存在し得なくなる可能性もある(なお、「犯罪捜査に資すること」という面では、指掌紋記録等に係る者が死亡したときでも、将来行われる捜査において発見される物に、その者の指掌紋やDNAが付着している可能性も十分にあるのであるから、その者の死亡によって直ちに保管する必要性がなくなったとはいえないのではないかと思われる。そうすると、指掌紋規則等は、現在生存している者の罪を問うことに偏重しているといえるし、「犯罪捜査に資すること」という建て前のほかに、捜査機関が自分の指紋やDNA型の資料を握っていることから、継続的な威嚇的効果によってその行動を抑制させることなど一般予防を副次的に狙っているのではないかとも考えられるが、我が国と同様に自由主義を標榜している諸外国において考慮されているような犯罪行為の重大性や将来刑事手続が行われる可能性等を考慮することなく、これが際限なく広げられていくとすれば、公権力による国民の管理、統制に繋がり兼ねないのであって、国民の権利ないし自由に対する重大な脅威となり得るものである。)。

しかしながら、指紋、DNA型及び被疑者写真にはみだりに使用されない一定の保護法益が認められるべきであるから、無制限にこれらの保護法益を侵害しうるような解釈をとることは相当ではなく(制限的な解釈を行わなければ,捜査機関が、広く国民一般の指掌紋、DNA型及び顔写真を保有し、利用できることになりかねない。)、これらの保護法益を制約することが、犯罪捜査のための必要性があるといった一般的、抽象的な公共の福祉の観点から比較衡量して検討する必要があり、その趣旨に沿って指掌紋規則等も解釈されるべきである。

この点、刑事訴訟法218条3項や被疑者等の承諾により指紋及びDNA型を採取し、被疑者写真を撮影する場合、第一義的には、当該被疑事実の捜査に使用するために行われるものであると考えられるが、データベース化を前提とした捜査の有用性や、適正な管理下における国民の不利益の程度が著しいとまではいえないことに鑑みると、原則として当該被疑事実の捜査に限定してのみ使用が許されると解すべきではあるものの、直ちにデータベース化自体が全く許されないとまでいうことはできず、当該被疑事実以外の余罪の捜査や(少なくとも一定の範囲内の)有罪判決が確定した場合に再犯の捜査に使用するために保管することは許容できるとは解されるものの、当該被疑者について、一般国民とは異なり、これらの保管及び利用を正当化できるだけの根拠が具体的に主張立証されなければならないというべきである。そして、このように解さなければ、国民一般について、その承認さえ得れば、捜査機関等が、公益を理由にDNA型、指掌紋及び顔写真を採取し、これらを保管及び利用することが許容されることになってしまいかねないのである(捜査機関が、日本国内に居住する全ての者(捜査機関に属する者も含む。このような立場にある者も犯罪行為を行うことがあるのは公知の事実である。)のDNA型、指掌紋及び顔写真を採取し、保管して、これらを利用し、AIを活用するなどすれば、当然ながら犯罪捜査が容易になるのであり、このことのみに着目すれば公益に合致するともいい得るが、公益ないし公共の福祉を理由にこのように広範な人格権や自由への侵害を伴う国民の管理、統制を行うことが到底許容されるものでないことは明らかであろう。また、検察庁や警察庁等の捜査機関に属する者であっても、喜んでこれに協力し、自らDNA型、指掌紋及び顔写真を差し出して、被疑者らのデータベースに含めて保管及び利用することを承諾するとは考え難い。犯罪者らから、逆に悪用され、陥れられる可能性もある。)。そして、法の下の平等(憲法14条1項)という面から考えても、一度被疑者(無罪推定がされている。)とされただけで、一般国民とは異なり、一度採取について承諾してしまうと、保管及び利用についてこのような不利益を受忍しなければならない地位に置かれる(差別される)という根拠は見出し難いのである。すなわち、抽象的には公益に資することであったとしても、国民の基本的人権に関わり、行政機関が国民一般に対してこれを行い、その権利ないし自由を制限して不利益を受忍させることが相当とは認められない行為については、これを特定の者ないし一部の者に対して行うためには、公益に資するということや公共の福祉を一般的、抽象的に主張するのでは足りず、一般国民とは異なり、その者に対してはこれを行うことが許され、その者は権利や自由を制限されることを受忍しなければならないという具体的な根拠が必要であり、行政機関はこれを主張立証する責任があるといわなければならないのである。

そうすると、当該被疑事実について公訴提起がなされ、刑事裁判において犯罪の証明がなかったことが確定した場合にまで、なお制約を許容できるかは、国民の基本的人権にかかわる問題であり、その性質上慎重に検討すべきである。指紋、DNA型及び被疑者写真を取得する前提となった被疑事実について、公判による審理を経て、犯罪の証明がないと確定した場合については、継続的保管を認めるに際して、データベース化の拡充の有用性という抽象的な理由をもって、犯罪捜査に資するとするのは不十分であり、余罪の存在や再犯のおそれ等があるなど、少なくとも、当該被疑者との関係でより具体的な必要性が主張立証されることを要するというべきであって、これが示されなければ、「保管する必要がなくなった」と解すべきである。なぜなら、犯罪の証明がないとして無罪となった場合には、有罪判決が確定した場合のように、被疑者がその指紋、DNA型及び被疑者写真を取得され、保管、利用がされてもやむを得ない原因を作り出したと評価しうる事情が認められない上、被疑者等から承諾を得る際に、指紋、DNA型及び被疑者写真をデータベース化して半永久的に保管して使用することを明示的に説明しているとの捜査実務が確立しているとの証拠はなく、とりわけ逮捕され身柄を拘束された状態での承諾は、精神的にダメージを受けている可能性が非常に髙ことから、全くの任意であること、拒否してよいこと、拒否しても不利益はないことなどを丁寧に説明されない限り、これを拒否することは事実上困難であると考えられるし、将来まで見通した自由な判断ができているとは考え難く、少なくとも捜査機関の掌中にある監禁状態での意思表示を、捜査機関の有利に解してはならないというべきである。そして、身柄の拘束を受けていない者についても、丁寧な説明が必要であることは同様であり、例えば、「悪いことをしていないというのなら、DNA型を採取されても困らないはずだ。」とか、「身の潔白を明らかにするためにもDNA型の採取が必要だ。」とか申し向けられるなどの、拒否しにくい状況が作り出されている場合はなおさらである。したがって、被疑者等が自身に嫌疑をかけられた被疑事実に関して指紋、DNA型及び被疑者写真を提供することを承諾したとしても、当該被疑事実に係る犯罪の証明がないとの刑事裁判が確定した場合をも含めて承諾していたとその意思を解釈するのは無理があるといわざるを得ない(そもそも、本件暴行事件において、その捜査のためにDNA型や指紋の採取が必要であったのか大いに疑問があり、これらの採取の必要性があったと認めるに足りる証拠はなく、データベース拡充のために、たまたま生じた被疑事件にかこつけ、一審原告に承諾させて、やみくもにこれらを採取した可能性が高い。)し、刑事訴訟法218条3項に基づいて採取した場合においても、身柄拘束の根拠となっていた被疑事実が、審理の結果、犯罪の証明がないとして否定され、確定した以上は、それ以降の継続的な保管の根拠が失われるといわざるを得ないからである。

そして、指掌紋規則等がいう「保管する必要がなくなった」の要件に該当する場合には、指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない利益を制約する正当性が失われること、指掌紋規則等には抹消請求権やその手続は設けられていないものの、指掌紋規則等自体も必要がなくなったときは抹消しなければならないと命じていること、さらに、保管権限者自らが要件該当性を判断するのでは恣意的な解釈、運用がなされるおそれを否定できないこと、現に本件においても、一審被告国は、無罪とされた一審原告からの抹消請求を頑なに拒んでいること(このこと自体、恣意的な解釈、運用が行われていることを十分推認させるものである。)などを勘案すれば、指紋、DNA型及び被疑者写真をみだりに使用されない利益を、より射程の広いプライバシー権や情報コントロール権等の一部として位置づける理解をするかはともかく、少なくとも当該利益自体が、人間にとって本質的な権利であり、何よりも尊重されるべきである人格権を基礎とするものであることは明らかであるから、指紋、DNA型及び被疑者写真を取得された被疑者であった者は、訴訟において、人格権に基づく妨害排除請求として抹消を請求できるものと解するのが相当である(なお、東京高等裁判所平成26年6月12日・判例時報2236号63頁は、任意捜査を行った時点では被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があった場合であっても、その後の捜査の進展、公訴提起後の公判での審理の結果、犯罪の証明がなかったことに帰するときは、当該事件の捜査及び公判での審理に採取した指紋等及び撮影した写真を使用したことは適法であるとはいえ、犯罪の証明がなかったことが確定した後にまで、本人の明示的な意思に反して、指紋等及び撮影した写真を保管して別の目的に使用することが直ちに許されるものと解するのは相当ではなく、本人の同意ある場合のほか、指紋等及び撮影した写真を保管して別の目的に使用することについての高度の必要性が認められ、かつ、社会通念上やむを得ないものとして是認される場合に限られるものと解するのが相当であると説示した上、このように、犯罪の証明がなかったことが確定した後にまで、本人の明示的な意思に反して、指紋等及び撮影した写真を保管して別の目的に使用することは、上記の要件を満たさない限り、許されないものと解するのが相当であるから、任意捜査として指紋等を採取され、写真を撮影された者は、人格権に基づく妨害排除請求として、当該指掌紋記録及び写真記録(いずれも電子データを含む。)の抹消を請求することができるものと解するのが相当であると説示している。)。

本件3データのうち、指掌紋の採取及び顔写真の撮影については、刑事訴訟法218条3項の規定により許容されており、前記前提事実によれば、一審原告は、指掌紋の採取及び顔写真の撮影を承諾していた。また、口腔内細胞の採取(DNA型の採取)については、未だに刑事訴訟法上の規定すら存しないことは非常に問題であるといえるが、これについても一審原告の承諾はあり、その採取自体が直ちに違法であったとまではいえない(ただし、本件暴行事件において、これを採取する必要性があったのか大いに疑問であり、違法なものであった可能性も否定できない。)。しかし、同法218条3項の規定は、指掌紋等の取得の適法性の根拠となっても、当該刑事事件の捜査を離れたその後の利用を当然に許容しているものではないし、一審原告の承諾の範囲も、あくまで本件暴行事件の捜査に必要な限りでの承諾(同意)と解すべきであり、一旦適法に取得された本件3データがその後どのように使われようと構わないという同意まではされていなかったものというべきである(特に身柄拘束中の承諾(同意)については、慎重に判断されなければならないことは、前述のとおりである。)。したがって、本件暴行事件の捜査に必要な限度を超えた本件3データの保管及び利用については、少なくともその具体的な必要性が求められるものである。また、不十分ながら存在する指掌紋規則等にいう「保管する必要がなくなった」の要件に該当するかどうかにつき検討することも考えられるが、その性質上、捜査機関の裁量を広く認めることは相当ではない。

ウ 本件の検討

原告が、身柄を拘束される根拠となった本件暴行事件における暴行の事実については、犯罪の証明がないとの本件無罪判決(甲8)が確定しているところ、DNA型の採取等を承諾(同意)した事件の無罪が確定した以上、原則として本件3データの抹消が認められるべきであり、それにもかかわらず一審原告についてこれらの保管及び利用が正当(必要)とされる特段の事情は、一審被告国が主張立証すべきところ、そのような主張立証はない。しかも、原告は、本件現行犯人逮捕当時60歳で(乙A1)、前科・前歴がないこと(これを認めるべき証拠はない。)、本件暴行事件は、本件マンションの建設工事をめぐる原告ら近隣住民と被告会社側の紛争を背景とするものであるが、本件暴行事件それ自体は、一審被告Bと一審原告との間に生じたトラブルに際して突発的に生じたものであること、本件マンションの建設工事が終了し、既に本件マンションの建設工事をめぐる原告と被告会社間の紛争が終結していること(弁論の全趣旨)、本件暴行事件における検察官の求刑は罰金15万円であること(甲18)、本件現行犯人逮捕から本件口頭弁論終結時まで7年以上が経過していることなどからすれば、原告の余罪や再犯の可能性を認めるのは困難であり、その他、原告との関係で本件3データを保管すべき具体的な必要性は示されていないから、これらを保管していることの正当性はなく、憲法13条に基づく一審原告の人格権を侵害していることは明らかであるから、これらの抹消が認められるべきである。そして、指掌紋規則等に照らして考えたとしても、本件3データについて、「保管する必要がなくなった」ことは明らかである。また、無罪とされたにもかかわらず、一般国民とは異なり、一般原告の本件3データがその意に反して捜査機関に保管されていることは、法の下の平等(憲法14条1項)にも反するものである。

したがって、原告は、被告国に対し、本件3データの抹消を請求することができる。

6 争点4に関する一審被告国の補充主張について

 一審被告国は、一審原告が主張するような自己情報コントロール権を認めた最高裁の判例はないから、憲法上の権利として認められるものではないし、個人情報を「みだりに取得されない自由」が憲法13条により認められるとする最高裁判決は存するものの、「みだりに取得されない自由」に「みだりに利用されない自由」が含意されるなどとは判断しておらず、最高裁住基ネット事件判決は、行政機関によって個人情報を「第三者に開示又は公表されない自由」と「みだりに利用されない自由」とを明確に区別しており、後者の自由を認めた最高裁判例は存在せず、個人情報を「みだりに取得されない自由」が憲法13条により認められるとしても、適法に取得された個人情報を「みだりに利用されない自由」が憲法13条によって認められるものではなく、適法に取得された個人情報については、その管理・利用が憲法上の制 約を受けることはないなどと主張する。

しかし、個人情報を「みだりに利用されない自由」を認めた最高裁判例が存在しないからといって、「みだりに利用されない自由」が憲法13条によって全て認められないことになるわけではない。それは、単に、現時点ではその部分の判断が示されていないというに過ぎないのである。一審被告国が、 最高裁判例がないことを理由に、国民の基本的人権を軽視し、憲法上の制約を受けることはないなどとして行政運営を行っているのであれば、大きな問題である。

そして、補正して引用した原判決(92~94頁)のとおり、DNA型等の情報は、その情報単独で用をなすものではなく、過去に取得していたDNA型等との同一性を確認したり、遺留されたDNA型等と対照したりするため、データベース化することでその意義を発揮するものであるが、このようなデータベースにDNA型等が保存されている限り、DNA型等を採取された個人は生涯にわたって、自らの行動等が警察等の捜査機関によって容易に把握され得るという意識を持ちながら生活することを強いられ、自由な行動に対する強い萎縮的効果がもたらされ、私生活上の平穏が害されることになる。そして、このような効果は、主観的、抽象的な漠然たる不快感や不安の念にとどまるものではなく、DNAが容易に物に付着したりするものであることから、自分の行動を快く思わない第三者によって遺留物が悪用されたりするリスクが常に存在するのであって、一般人の感受性を基準に考えると、唾液等が付着した可能性のある物の処分等にも気を配らなければならなかったり、相手の要求を拒否しにくくなったり、反対運動等に参加しにくくなったりする(本件においても、前述のとおり、一審原告が本件マンション建設工事の反対運動を行っていたところ、本件マンションの工事を行う一審被告会社の従業員である一審被告 B によって、虚偽の被害申告等がされている。)など、実生活に具体的、現実的な影響を及ぼすものである。したがって、国民に対して単にDNA型の採取等を強制されない自由が憲法上保障されるというだけでは全く不十分であり、たとえ適法に取得されたDNA型等のデータであっても、その後において、これらがみだりに保有され、利用されない自由が保障されなければ無意味であるというほかはなく、この自由もまた憲法13条によって国民に保障されていると解すべきである。

一審被告国は、最高裁住基ネット事件判決をはじめとする最高裁判決において、個人情報がみだりに利用されない自由が認められていないことを強調するが、この最高裁住基ネット事件判決によれば、住基ネットで管理・利用される個人情報は、「氏名、生年月日、性別及び住所からなる4情報に、住民票コード及び変更情報を加えたものであって、このうち4情報は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定さ れている個人識別情報であり、変更情報も、転入、転出等の異動事由、異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまる」とされているように、これらは、いわば、単純な個人情報(甲47の1・3頁)ともいい得るものである。そして、最高裁は、「行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理、利用等する行為は、」と限定して、憲法13条により保障された自由を侵害するものではないと判断しているのである。これに対し、本件で問題とされるDNA型や指掌紋等は、補正して引用した原判決(92頁)のとおり、個人の人格的価値と直接結びつく情報ではないものの、万人不同性、終生不変性があるといわれるように、強固な識別性、検索性を備えた極めて個人識別能力の高い情報であるし、そもそも他者 への開示等が予定されていないものであって、通常は本人自身も知らなかったり(DNA型)、意識することがなかったり(指掌紋)するものであるから、秘匿性の点からしても、少なくとも中程度以上の要保護性のある個人情報であるといえるのであって、住基ネット上の本人確認情報と比べて要保護性(秘匿性)は格段に高いものであるし、さらに、第三者による悪用や濫用等の問題も付随しているなど、その要保護性は非常に高いものというべきである。また、住基ネットで管理、利用される個人情報は、「住基ネットが導入される以前から、住民票の記載事項として、住民基本台帳を保管する各市町村において管理、利用されてきたもの」(最高裁住基ネット事件判決)であって、紙媒体として従前から管理、利用されていた情報が、いわばその 延長線上のものとしてデータベース化されたにすぎず、管理のあり方につき質的な違いはないともいえるのに対して、DNA型等については、新たな管理、利用であって、これと同様には考え難く、データベース化される前後において、質的に大きく異なるものである。さらに、住基ネットにおける本人確認情報の管理、利用は、法令等の根拠に基づき、住民サービスの向上及び行政事務の効率化という行政目的の範囲内で行われているのに対し、DNA型等のデータベースにおけるこれらのデータの管理、利用は、犯罪捜査の目的で行われるものであり、管理、利用の目的が全く異なっており、当然ながら管理、利用による個人の行動の自由への萎縮効果等の程度は大きく異なるものである(また、後者は、逮捕等による人身の自由の制約に即結びつき得るものでもある。)。

このような個人情報としての質的な違いや、管理のあり方として従前の紙媒体からの延長にすぎないか否か、管理、利用の目的の違い等を考慮しないままに、より要保護性が低いといえる個人確認情報に関する最高裁住基ネット事件判決等を根拠として、DNA型等の非常に要保護性の高い国民個々人の私生活、人格的生存ないし尊厳にも関わる個人情報について、これらをみだりに利用されない自由が憲法上保護されるものではないなどという一審被告国の主張は、前述したこれらの実態を直視しようとせず、両者の質的な違いを無視するもので、全く理由がないものといわざるを得ない。

 次に、一審被告国は、プライバシー権や自己情報コントロール権という概念自体が多義的で、その外延及び内容が不明確であるから、個人情報をみだりに利用されない自由は憲法上当然に認められるものではなく、その肯否や内容等は立法裁量に委ねられており、個人情報の保護に関する権利を立法的に創設したといえる行政機関個人情報保護法(改正個人情報保護法)において、保有個人情報の利用の停止又は消去の請求権を一部認めてはいるが、司法警察職員が行う処分にかかる保有個人情報については、その対象から除外されており、一審原告が主張する本件データの抹消請求は認められないなどと主張する。

しかし、DNA型等の個人情報がみだりに保有され、利用されない自由が人格権を基礎とするものであり憲法13条によって国民に保障されていることは、前記⑴において述べたとおりであって、立法により創設されたりされなかったりすることが許容されるような性質のものではなく、立法によっても奪うことができない性質のものであるから、そもそもこの点において、一審被告国の上記主張は失当であって、むしろ、基本的人権としての自由権に重い価値を置く諸外国においてされているのと同様に、DNA型等の個人情報がみだりに保有され、利用されない自由の保障を制度的に担保するための立法化こそが必要なのである(この点は後記⑶においてさらに述べる。)。憲法上認められる国民の権利は、立法行為を制約するものであり、憲法上の権利が認められるか否かが立法裁量に委ねられるなどとする一審被告国の主張は、国民の憲法上の権利を著しく軽視し、その侵害を野放しにさせておこうとする本末転倒した議論であるといわざるを得ない。

また、一審被告国は、自己情報コントロール権の多義性や不明確性を主張するなどして、DNA型等の個人情報がみだりに利用されない自由について、それが国民に憲法上保障されるべき権利であることを否定しようとしている。しかし、DNA型等の個人情報がみだりに利用されない自由というものは、自己情報のコントロールをも手段の一つとすることによって守られ得るところであるとはいえるものの、自己情報コントロール権を本質とするものとはいえないのであり、自己情報コントロール権が認められるか否かにかかわらず、DNA型等の個人情報がみだりに利用されない自由は認められるものである。一審被告国の上記主張は、都合よく論理をすり替えようとするものであり、それ自体失当というほかないもので、理由がないことは明らかである。

 さらに、一審被告国は、適法に取得されたDNA型等については、それぞれの情報としての性質(DNA型についていえば、遺伝情報等に関わる情報は除外されており、個人の人格的利益や私生活上の自由に関連するような情報は含まれておらず、指掌紋等についても同様であること)のほか、DNA型等のデータベース等に対する取扱いの適正は、各種規則、細則、実施要領その他の訓令等によって担保され、適正な運用体制が構築されているから、これらの情報が外部に漏出し、第三者に漏えいするおそれや、情報が正当な目的から乖離して用いられるおそれはなく、データベースの運用によって個人の私生活の平穏が害されたり、行動が萎縮させられたりして、個人の人格的利益が侵害されるような具体的危険が生じることはないなどと主張する。

しかし、前記⑴において述べたとおり、DNA型等の個人情報は、個人の人格的価値に直接結びつく情報ではないが、住基ネットにおける本人確認情報より格段に秘匿性が高く、非常に要保護性の高い個人情報であるし、これを捜査機関が保有し、利用していることによって国民個々人の私生活の平穏が害されたり、行動が制限され、萎縮させられたりする効果は具体的、現実的なものであり、一審被告国は、これをことさら軽視しようとするものであって、正当な主張でないことは明らかである。なお、DNA型についていえば、現時点において遺伝情報等の人格的価値に関する部分は除外されているとはいえ、将来の技術的発展の如何によっては、人物の同定以外に利用される可能性が否定されるものではないし(甲42の3、56)、指掌紋についても、指紋が遺伝することに疑いはないとされ、親子鑑別に用いられることもあるし、先天性異常では、一見して異常と考えられる紋理の出現や、正常群との間に統計的に頻度の差がみられ、隆線の形成不全ないし形成異常が認められるなどとされている(甲57)。そして、顔写真も含め、AIの進歩等によって、さらに、現時点では想定されていない利用が行われるようになる可能性もある(現時点においても、顔写真から人種ないし民族を割り出すことなどは可能と思われるし、過去には、顔の特徴等から「生来性犯罪者説」等が唱えられたこともあり、国民の平等に反し、差別を行うもので許されないというべきではあるが、捜査機関から治安維持等を理由に特定の類型の者が犯罪者予備群等としてマークされるという事態も生じ得る。)。また、親子鑑定にDNAが用いられていることは公知の事実であるところ、捜査機関が保有しているDNA型を使って、親子等の親族関係を割り出すことも可能と考えられ(現に、これを割り出すような捜査も行われているようであるが、被疑者だけでなく、関係者のプライバシーにまで及んでおり、この点からも非常に問題である(甲42の3、43)。)、そうすると、出自(出生の秘密)等の自分が何者であるかといった個人のアイデンティティーや血縁に基づく家族の本質に直結し、かつ誰にも知られたくない(場合によっては、本人自 身も知りたくない)機微にわたる私生活や国民個人の人格的生存ないし尊厳にも関わる情報が含まれていることになる。

そして、前記⑴のとおり、住基ネットに関しては、住基ネット法という国会による立法措置によって手厚い制度設計が構築されており、住基ネットにおける本人確認情報の目的外利用や本人確認情報に関する秘密の漏えい等は、懲戒処分や刑罰をもって禁止され、かつ、都道府県に本人確認情報の保護に関する審議会を、指定情報処理機関に本人確認情報保護委員会を、各設置することとしており、このような実務レベルで外部的に実効的な監視のできる第三者委員会により、本人確認情報の適切な取扱いを担保するための制度的措置が講じられているところである。これに対し、DNA型 等の本件3データについては、諸外国において整備が進んでいる、あるべき立法措置が未了であることは、原判決を補正した前記5⒆において述べたとおりであって、より要保護性の低い住基ネット上の本人確認情報についてさえ、住基ネット法による手厚い立法的保護が構築されているにもかかわらず、DNA型等については、法的整備が全くされていない上、国家公安委員会等による監視も到底十全であるとはいえないのであって(甲47の1・6~8頁、 L 証人6~7頁)、大きな問題であるといわざるを得ない。このことは、一審被告国が種々摘示する下位規則等による運用の適正性等を強調してみせたところで、警察における内部的な規制に留まるにすぎず、独立した専門家等による外部的、第三者的な実質的監視が存しない以上、公正性や透明性が担保されるわけではなく、捜査機関による 恣意的な運用(本件は、まさにこれに該当する。)を防ぐことができるものではないから、立法上の不備や実際に行われている運用の不当性が治癒されるものでもない。また、DNA型等の取得についても、実際の現場における取扱いとして、どのような場合に、どのような者についてこれらを取得しているのか、取得の必要性が十分に検討されているのか、承諾に本当に任意性があるのか、公平性が十分に保たれているのかなどの問題もある(本件暴行事件についても、そもそも事案の内容や一審原告の属性等からして、DNA型の採取(取得)の必要性があったとは考え難い。承諾を前提とするものであったとしても、公権力が、承諾さえあれば国民のいかなる個人情報でも取得してよいということになるものではなく、その必要性が十分に説明されなければならないし、当面の利用と、将来に渡る利用との区別も行われるべきであって、当面の利用の必要が認められるからといって、当然に将来に渡った利用が認められるものではない(その性質上、適法に取得したからといって、当然に取得者の自由とすることが認められるものではない。)。特に、捜査機関と被疑者とは、少なくとも事実上対等の立場にあるものではなく(本来は、攻撃防御の手段等も含めて対等の立場に置かれるべきであるが、取調べ受忍義務などが観念されて、そのようにはなっていない。)、逮捕、勾留等によって身柄が拘束されている場合はなおさらである。そして、将来に渡った利用の承諾を得たといえるためには、少なくとも将来の利用がどのようなものであるのかが分かりやすく説明されなければならない。どのようなものか分からないことへの承諾などあり得ないからである。さらに、何時まで保管されるのか、どのような場合に抹消されるのか等についても、具体的に説明されるべきである。なお、一審被告国は、次項で検討する主張と同様に、そのような説明をしていたら、DNA型採取への承諾が得られなくなり、犯罪捜査に支障が生じることによって、良好な治安の維持に資するといった犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約されるなどと主張するのかもしれない。しかし、事前にきちんとした説明が行われると得られなくなるような承諾が、有効な承諾といえないことは明らかであろう。また、社会的地位があり、提供(採取)を拒否できるだけの知識や能力、精神力のある者が拒否して、このような力のない、いわゆる弱い立場にある者のデータが偏って集められているのではないかといった疑問もある。)。

したがって、一審被告国の上記主張は、いずれの点からしても失当であり、理由がないことは明らかである。

 そのほか、一審被告国は、捜査実務上、被疑者から取得したDNA型や指掌紋等によって初めて具体的な余罪の把握に至ることが少なくなく、被疑者から適法にDNA型等を取得した以降に発見された遺留資料等によって、それが当該被疑者の余罪にかかるものであることも少なくないから、犯罪捜査におけるDNA型等の具体的な利用の在り方は、捜査機関において個別具体的な事実関係に応じてその都度判断せざるを得ないもので、仮に、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を認めた場合、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、被疑者の承諾を得るなどしなければならなくなり、犯罪捜査に支障が生じることによって、良好な治安の維持に資するといった犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約されるなどと主張する。

しかし、国民に対してDNA型等の個人情報をみだりに保有され、利用されないという憲法上の自由を保障することが直ちに犯罪捜査への支障をもたらすものではない。一審被告国は、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を認めた場合、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、被疑者の承諾を得るなどしなければならなくなるなどと主張するが、DNA型等を保管・利用されない憲法上の自由を国民に認めたからといって、例えば、重大な犯罪の有罪が確定した者について、捜査機関がDNA型等を利用することにつき、直ちに当該被疑者の承諾を得なければならなくなるものではなく、本件における一審原告のような無罪が確定した一般国民のDNA型等の保管・利用こそが問題なのであって、論理のすり替えであるといえるし、立法による規制がなく、自らの解釈、運用が曖昧かつ不透明であることを利用して、恣意的なものも含めた捜査機関の判断をオールマイティーにしようとする本末転倒の議論である。そして、一審被告国の主張は、一般的、抽象的な安心安全を唱えることによって、国民個々人の人権ないし自由を軽視し、捜査機関の便宜を優先して、恣意的な判断を押し通そうとするものといわざるを得ず、到底許容できるものではない(無罪とされた一審原告の本件3データを抹消しない本件における一審被告国の取扱いは、まさに恣意的な判断に基づくものといわざるを得ない。また、本件のような取扱いがされていることからすると、犯罪捜査の支障や国民の権利利益をいう一審被告国の主張は、「捜査実務上」、捜査機関が一度でも被疑者とした者は、将来罪を犯す者として、DNA型等を保管して疑い続けるということであり、裏を返せば、一度被疑者とされた国民は、一生涯、将来犯罪を犯す者として、捜査機関から組織的に疑われ続けることになり、死亡によってこのような状態から解放されることになるが、それが国民一般の権利利益に合致しているから、捜査機関の便宜を優先せよという主張になるのである。)、これを推し進めれば、一般的、抽象的な国民の権利利益ないし安心安全を理由にした、承諾を前提とする全国民のDNA型等の保管・利用にも繋がりかねないものである(一審被告国が、そのようなことはないというのであれば、国民一般とは異なり、一審原告についてはDNA型等の保管・利用が許される根拠を具体的に主張立証すべきである。仮に、一審原告については、採取についての承諾があるということを根拠とするのであれば、一般国民についても、採取についての承諾を得れば、DNA型等の保管・利用が許されることになる(一審原告は、無罪とされたのであるから、過去に誤って被疑者とされたことがあり、その際、採取についての承諾をしたという以外、一般国民と異なる点はない。)。そして、承諾は任意であるとしながら、様々な資格取得や制度利用の前提とするなどして、将来的に事実上の強制に及んでいくことも十分に考えられる。また、一審原告について、「余罪」(犯罪)を犯していたり、将来的にこれを犯す可能性があるというのであれば、一審原告は無罪が確定しているのであるから、捜査機関に属する者も含めた全国民に「余罪」(犯罪)を犯し、将来これを犯す可能性があるということになるが、一審被告国の主張によれば、「捜査機関がDNA型等を利用することにつき、国民個々人の承諾を得るなどしなければならなくなり、犯罪捜査に支障が生じることによって、良好な治安の維持に資するといった犯罪捜査によって得られる国民の権利利益が大幅に制約される」ということになるのである(なお、これが本音である可能性も否定できない。)。そうすると、このように将来における抽象的かつ仮想的な「余罪」(犯罪)の捜査を正当化の根拠とすることは、一般的、抽象的な国民の権利利益を名目に掲げた治安維持優先の発想であり、これが推し進められることになれば、基本的人権が軽視され、自由であるべき国民の行動が萎縮させられるなど、逆に国民の権利利益に反することになってしまうのであって、到底容認できないものというべきである。)。

したがって、一審被告国の上記主張も、理由がないことは明らかであって、到底認められるものではない。

 本件において、一審原告に対する本件現行犯人逮捕に伴うDNA型等の本件3データの取得が一審原告の承諾によって適法であったといえるにしても、その後、本件暴行事件について、一審原告は、刑事被告事件において無罪判決が確定しているのであり、それも責任能力の欠缺等を理由とする無罪判決ではなく、犯罪自体が認められないものとしての無罪判決が確定しているのであって、もはやこれらの情報がデータベースとして残存している必要がないことは明らかというべきである。そして、例えば、前記5⑵の補正において摘示した韓国法のような立法が仮に我が国においてもされていたのであれば、一審原告に対する無罪判決の確定によって、本件3データは各データベースから当然に抹消されていてしかるべきところであった。しかるに、そのような規定を含む法律の整備すら未だにされておらず、一審被告国が正当な理由もなく、一審原告の求める本件3データの抹消を拒んでいるがために、既に無罪が確定した一審原告において、自らの権利を守るために本件のような訴訟を提起せざるを得なくなっているのであり、このような事態は、極めて問題であるといわざるを得ない。本件の一審原告のような無罪確定者の本件3データを、特別の理由なく、一般的、抽象的な国民の権利利益を名目に治安維持を唱え、捜査機関がこれをいつでも利用できるように保管し続けるなどということは許されてはならないというべきである。

なお、本件は、一審原告において曇りのない無罪判決が確定している場合であるから、利益衡量なしに抹消されるべきは当然であるといえるが、責任能力欠缺による無罪判決確定の場合、嫌疑不十分や起訴猶予を理由として不起訴となった場合などの利益衡量の判断は、より複雑になるものと考えられる。このような点も含めて、内部的な組織法上の下位規則等による運用ではなく、広く国民的議論を経た上での憲法の趣旨に沿った立法的な制度設計が望まれるところである。

 以上のとおり、一審被告国の補充主張はいずれも理由がなく、DNA型等 について、国民は、これらをみだりに取得されない自由だけでなく、みだりに保有、利用されない自由を有するものと認められ、人格権に基づく妨害排除請求として、一審原告の本件3データの抹消請求が認められるべきことは明らかである。