― 自宅の近くに、突然高層マンションが建設されることになった。完成すれば、長い歴史の中で形作られてきた町の景観や住環境はめちゃくちゃになってしまう。私たち住民には、先祖から受け継いできたこの町を、住みたい町、住み続けたい町として子どもや孫に受け継いでいく責任があるのではないか。 ―

そんな思いからマンション建設反対運動に立ちあがった住民運動のリーダーが、「現場監督に暴行を振るった」として逮捕・勾留され、さらには暴行罪で起訴されるという事件が起きました。

実際には、リーダーは穏当に建設現場の様子を見守っていただけ。この逮捕・勾留・起訴が住民運動に対して冷や水を浴びせるための「弾圧」であることは明らかでした。

「弾圧には絶対に屈さない」 ― リーダーと住民の強い意思のもと、弁護団も粉骨砕身し、2018年(平成30年)2月13日、とうとう無罪判決を勝ち取りました(検察も控訴せず、無罪が確定)。住民運動は弾圧をはっきりとはねのけたのです。

弁護団には、当事務所から中谷と塚田の2名が参加しました。あらためて、この弾圧事件がどのようなものであったのか、ご報告します。

中谷弁護士 塚田弁護士

穏当に見回りをしていたところ、突然逮捕・勾留される

弾圧事件で逮捕・勾留され、さらには起訴されたたものの、これを跳ね除けて無罪を勝ち取ったのは、名古屋市瑞穂区白龍町で高層マンション建設に反対する住民運動のリーダーである、奥田恭正さんです。

2016年(平成28年)10月7日の午前8時42分頃、奥田さんは、いつもどおり、マンション建設現場の入口付近で工事の様子を見守っていました。

その日、工事の様子を見守る奥田さんのすぐそばには、なぜか現場監督がついて回っていました。そして、ダンプカーが現場から出ようとする際、奥田さんが邪魔にならないよう前を横切って反対側に行こうとしているのに、奥田さんの前に立ちはだかり元の位置に押し戻しました。現場監督が、急に奥田さんを抱きかかえるようにしたため、奥田さんは両腕に圧力を感じ、逃れようとして、体を右側に捻ると同時に右足を一歩下げました。このとき、奥田さんの両手・両腕は、現場監督の体に一切触れませんでしたが、なぜか現場監督は後ろによろけ、工事現場から出ようとしていたダンプカーに背中をぶつけました。

瑞穂区白龍町は、低層の建物がほとんどで、建設現場に以前建っていたのも4階建ての会社の寮でした。そこへ15階建てのマンションが建設されることになったため、住環境を守ろうと近隣住民が立ち上がりました。住民らが反対活動をするたびに、マンション業者は警察に連絡をとり、出動を要請していました。本件当日も、現場監督は携帯電話ですぐに警察に連絡し、現場には何台ものパトカーが駆けつけ、奥田さんはその場で逮捕され, 続けて勾留されました。

現場監督の証言の変遷、防犯カメラの画像との矛盾

現場監督は「左背部打撲」という診断書を取得し、奥田さんは当初「傷害罪」として勾留されましたが、起訴されるときは「暴行罪」となっていました。防犯カメラの画像では、現場監督は明らかに「左」ではなく「右」の背部をぶつけていました。現場監督は、刑事裁判で、「打ったのは右肩だが、診察を受けるまでに痛みが左肩に移行した」と述べていますが、あり得ない話です。このような事情から、「暴行罪」で起訴することになったと考えられます。現場監督は、事件直後、痛がるそぶりは一切見せずに監督業務を続け、夜は現場従業員らと飲みに出掛けたことも判明しています。

刑事裁判での現場監督の証言は曖昧で、変遷を繰り返していました。現場監督は、当初、奥田さんが両手をパーの状態にして、自分の胸を思い切り突いたと証言していました。しかし、刑事裁判ではこの証言を変え、奥田さんは左手にスマホを持ったまま、両手をのばして自分の胸を突いたか、あるいは、両腕を組んだまま、両手の甲で胸を突いたか、どちらかだと証言を変えました。後から防犯カメラの画像を確認したところ、奥田さんが左手にスマホを持っていたため、「両手をパーの状態にして」突くことはできないと判断したのでしょう。他方、工事現場に常駐していた警備員は、一貫して、奥田さんが両手をパーの状態にして現場監督の胸を突くのを見た、と証言しました。

弁護団は、防犯カメラの画像の鑑定が必要であると主張し、画像分析と身体の動きの専門家である東京歯科大学の橋本正次教授が鑑定人に採用されました。その結果、現場監督の主張するような動きを奥田さんがしたとは考えられず、むしろ、現場監督が後ろによろけてダンプカーに背中をぶつけたという一連の流れは不自然である、とされました。結局、現場監督の証言は信用できないとして、奥田さんに無罪が言い渡されました。

住民運動の弾圧、共謀罪の先取り

本件では、マンション業者と警察との間で、何かあればそれを奇貨として、刑事事件とする段取りがとられていたものと思われます。現場監督は、あえて防犯カメラに写る位置に奥田さんを誘導したうえで、いきなり抱きかかえるという行為に及び、奥田さんがこれを逃れようとしたタイミングで、わざと大げさな身振りでダンプカーの方に倒れ込んだことが疑われます。防犯カメラには、現場監督がカメラを指さし、画像を確認して欲しいと訴えている様子が写っていました。

通常、このような軽微な事案で逮捕・勾留されることは考えられないのに、奥田さんは14日間にわたり勾留され、勾留期間満了直前には、自宅と経営している薬局の捜索・差押えが行われました。警察は、マンション建設反対運動の打ち合わせ等の資料を押さえようとした可能性があります。

業者と警察が結託し、住民運動の弾圧に及んだという意味で、本件は共謀罪の先取りとも言えます。負けられない闘いで、無罪という結果を勝ち取れてほっとしています。

(この記事の執筆者:塚田聡子)